知財戦略

「守る知財」を「売る知財」へ変えるには?~貝印に見る模倣対策から商品企画まで

江川 祐一郎

前回は、味の素とサントリーの事例を題材に、知財を「協業の接点」として利用する方法を取り上げました。

一方、商品の魅力を伝えたり、新たな商品を生み出したりするために、知財を利用するという考え方もあります。

今回は、そのような例のひとつとして、貝印の取り組みについて取り上げます。

これは、「経営・事業・研究開発への“羅針盤”」とも言えるIPランドスケープを活用するヒントにもなるケースです。

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模倣品対策から広がった知財活用

2026年8月18日、日本経済新聞に、「貝印、パクリ退治で手に入れたブランド力 宣伝・営業にも知財の力」という記事が掲載されました。

貝印は、カミソリ、包丁、爪切りなど、私たちの日常生活に関連する商品を製造販売しているメーカーで、形状や機能に特徴のある商品を数多く扱っています。

一方で、そうした特徴が模倣されることも多く、模倣品対策にも長年取り組んできました。

貝印の公式サイトによれば、直近3年間に模倣品の差し止め、摘発、ECサイトでの出品取り下げなどに成功した件数は300件以上。正規品価格に換算すると4.8億円相当とされています。

このような活動だけを見ると、典型的な「守る知財」の活動と言えます。

しかし、貝印の知財活動は、そこでは終わっていません。

「権利としての価値」を「商品の価値」に翻訳する

貝印では、知財部門を単なる知財取得・管理部門ではなく、商品や会社の「差別化」を担う部門と位置づけています。

実際、企画の前段階での知財分析から、商品開発、権利化、さらにはプロモーション段階でのネーミングや広告コピーまで、知財部門が関わっています。

貝印はこの活動を「商品価値化策®」と名づけ、商標登録も行っています。

参考資料

J-PlatPat「商品価値化策」

また、貝印の公式サイトによれば、2019年以降、この「商品価値化策®」の実績は累計250件以上とされています。

貝印自身は、「商品価値化策®」について、従来のリスク調査や知的財産権の獲得に加え、企画前段階の知財分析から、プロモーション段階のネーミングや広告コピーまで全行程に知財部門が伴走し、知財価値の魅力を商品特徴としてパッケージや広告などでアピールして顧客価値として伝える活動、と説明しています。

特許庁も、貝印について、知財部門を「差別化担当部門」と位置づけ、商品企画の前段階から上市までの全行程に知財部門が伴走し、知財価値の魅力を顧客へ届ける「商品価値化策®」に取り組んでいる、と紹介しています。

参考資料

特許庁「貝印株式会社と意見交換を行いました」(2024年6月20日)

この活動で興味深いところは、特許や意匠などの権利を取得する際に発掘した商品の特徴を、その商品の差別化ポイントと位置づけ、今度はパッケージや広告などで消費者に伝えるために利用するという考え方です。

特許を取ったり、模倣品への対策をしたりする際には、従来の技術や商品との「違い」を明確にすることが重要になります。

そのような「違い」の中から、特許や意匠として権利化できるものを見いだすときには、その違いを「権利として守る価値」という視点から捉えます。

一方、商品を販売するときには、同じ違いを「顧客に伝える商品の価値」という視点から見ることができます。

知財部門の立場からすると、同じ商品の特徴を別の角度から捉えることになります。

これは、「権利としての価値」を「商品としての価値」に翻訳する、と言ってもよいのではないでしょうか。

逆に「商品の価値」を「権利としての価値」に翻訳する

これは、貝印よりも規模の小さな中小企業にとっても、参考になる視点だと思います。

例えば、以下のようなことは、多くの企業で日常的に行われています。

  • より使いやすい形状にする
  • 壊れにくい構造に変える
  • 作業しやすい装置や設備を組む
  • 原料の配合や製造の順序を工夫する

こうしたことは、つい「当たり前」の仕事だと思いがちです。しかし、そこには多くの創意工夫が含まれています。

筆者が中小企業の支援に関わる中でも、日々さまざまな創意工夫が行われている一方、それを知的財産として改めて棚卸しし、権利化やノウハウ管理まで検討していないケースは少なくありません。

そうした創意工夫をよく見てみると、従来の商品や技術とは、どこかに「違い」があります。

そのような違いの中には、特許や意匠などによって「権利として守る価値」につながるものもあります。

これは、先ほどの「権利としての価値」を「商品の価値」に翻訳する話とは逆方向です。

つまり、「商品の価値」を「権利としての価値」に翻訳するという見方もできます。

もっとも、そうした創意工夫を活用する方法は、特許権を取得することだけではありません。

ノウハウとして適切に秘密管理したり、必要に応じて契約によって技術提供やライセンスを行ったりする方法も考えられます。

中小企業においては、「当たり前」と思いがちな創意工夫には、「商品の価値」だけでなく、知的財産として活用できる価値があるかもしれないと認識することが重要だと私は考えています。

次の商品や事業を考える「IPランドスケープ」へ

貝印では、一つの商品を開発・販売して終わりにするのではなく、次の新商品や新事業を考える段階でも、IPランドスケープを活用しています。

貝印の公表資料によれば、2024年度に知財部門が発信したIPランドスケープのうち、70%が「ネクストアクション」に発展したとされています。

「ネクストアクション」の例としては、IPランドスケープを参照した新事業・新商品の企画や開発テーマの進行、さらに深掘りした調査の依頼、知財部門が提案したアイデアやネーミングの新商品への採用などが挙げられています。

特許庁が紹介する同社の事例でも、知財部門が、

商品企画 → 研究開発 → 設計 → 量産 → プロモーション → 上市

という一連の商品開発の流れに、企画前から上市まで伴走する姿が示されています。

具体的には、企画段階ではIPランドスケープによる「勝ち筋」の提案、設計段階では差別化領域の可視化や権利化、プロモーション段階では、その差別化ポイントをセールストークなどの販売促進へつなげる取り組みが紹介されています。

参考資料

このように商品開発の流れに深く入り込むことで、競合の開発動向や、自社が差別化できそうな領域などを捉え、次の商品や事業を考える材料にすることができます。

実際、特許庁の過去の貝印へのインタビューでも、商品企画や事業開始の「前」の段階から知財部門が入り、競合企業の開発事例なども踏まえて他社との差別化ポイントを提案する考え方が紹介されています。

参考資料

特許庁 広報誌「とっきょ」Vol.43「知財活用企業紹介 貝印株式会社(前編)」

それはもはや、「特許を獲得する」「侵害から守る」という従来の知財部門の役割だけではありません。

筆者が「経営・事業・研究開発への“羅針盤”」と考えるIPランドスケープを担う、新たな知財部門の役割を示していると言えます。

知財は「使う場面」で役割が変わる

知財の世界では、「守りの知財」「攻めの知財」という言葉がよく使われます。

このように言うと、二つの知財が別々に存在するように聞こえるかもしれませんが、実際にはそうではありません。

例えば、一つの意匠権でも、模倣品に対して使えば、商品を「守る知財」になります。

一方、その独自のデザインを商品の特徴として顧客に伝えれば、販売を後押しする「売る知財」にもなります。

さらに、そこで得られた知財情報を分析し、次の商品企画へ生かすこともできます。

参考資料

特許庁 広報誌「とっきょ」Vol.43「知財活用企業紹介 貝印株式会社(後編)」

つまり重要なのは、知財を「持っているか」だけではなく、その知財を「どこでどのように使うか」ということです。

貝印の事例を見ると、

模倣品対策 → 権利化 → 商品価値の発信 → 次の商品・事業の企画

と、知財の使い道が事業活動の中で広がっていることが分かります。

こうした「知財の使い道」を広げることが、今後ますます重要になってくるのではないでしょうか。

次回は、さらに視点を広げ、特許、ノウハウ、標準化などを組み合わせた「市場創造」をテーマに考えてみたいと思います。

知財戦略について体系的に見る

知財を、特許や商標の取得だけでなく、事業目的からどう選び、組み合わせ、活用するかについては、「知財戦略とは?|事業と知財をつなぐ実践ガイド」で整理しています。

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ABOUT ME
江川 祐一郎
江川 祐一郎
「ゆめ知財」代表
「ゆめ知財」代表の江川 祐一郎と申します。弁理士、知財系コンサルタントであることに加えて、知財系ライター、知財系プログラマー、知財系プランナーとして活動中です。知財戦略支援、中小企業・スタートアップ支援、産学連携支援、地方創生支援などを通じて、様々な人々や組織を繋ぎながら、夢の広がる社会の創造に貢献したいと思っています。
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