知財戦略

顧客ニーズを聞けば、事業につながるのか?~顧客の「欲しい」よりも「困りごと」を見る

江川 祐一郎

前回の記事では、良い技術があり、特許を取得し、商品まで完成しても、それだけで事業になるわけではない、ということを解説しました。

事業へつなげるためには、しかるべき段階で、「この技術は、誰が何のために使うのか」という「事業の仮説」を立てていく必要があります。

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そこで次に出てくるのが、「顧客のニーズを調べよう」という話になります。

しかし、「顧客にニーズを聞けばよい」という単純な話ではありません。そこにはいくつかの”落とし穴”があります。

今回は、顧客のニーズを事業につなげるには、どのようなことに注意すべきかについて見ていきたいと思います。

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技術と顧客のニーズをつなげる取り組み

研究者が技術を携えて現場の利用者と対話する様子

2026年6月、米国立科学財団(NSF)は、量子技術の研究成果の実用化・商用化を促進するため、「I-Corps for Quantum+X」という特別プログラムを発表しました。

興味深いのは、最先端の量子技術を扱うプログラムでありながら、技術開発だけでなく、初期採用者(early adopters)との接点や、業界専門家への「customer discovery interview」、つまり顧客発見のためのインタビューが、商用化に向けたプロセスとして組み込まれている点です。

この事例は、技術がいかに高度であっても、ただ技術だけを見て開発すればよいという話ではなく、「誰が、何のために、この技術を使うのか」を、積極的に外部に問いかけることが重要だということを示唆しています。

筆者自身、研究開発、新事業企画、技術営業、マーケティングなどに携わる中で、顧客にニーズを聞くという機会は数多くありました。

そうした経験の中では、研究開発が先に進み過ぎて、なかなか顧客ニーズへつなげられずに悩む、といったことも度々でした。

もし、上述したような商用化へのプロセスが、研究開発や新事業企画の仕組みとして備わっていれば、顧客への接触もよりスムーズに進められたのでは、とも思います。

「欲しいですか?」と聞くだけでは「ニーズ」は分からない

商品に関心を示す顧客の先に導入の壁がある様子

一方、顧客への接触ができたとしても、それでニーズがきちんと把握できるかと言えば、そうとは限りません。

筆者の経験でも、「こんな商品があったら欲しいですか?」と聞けば、「そうですね、あったらいいですね」と言って貰えることは割と多いですが、実際の商売に結びつくケースは、それほど多くはありません。

例えば、新しい特許検索サービスがあったとして、操作は簡単、AIも使える、分析機能も豊富となれば、多くのユーザーは「使ってみたい」と思うでしょう。

しかし、そのように思ったユーザーが、実際に社内で相応の予算を申請し、現在使っているサービスを解約し、新しいサービスへ乗り換えるかどうかは、また別の話です。

「買いたい」と答えることと、実際に「お金を支払う」こととの差異に関する研究例もあります。

SchmidtとBijmoltは、消費財などについて、47本の論文に含まれる77研究、115の効果量を対象にメタ分析を行い、仮想的に尋ねた支払意思額と実際の支払意思額との間に、平均約21%の「hypothetical bias(仮想バイアス)」があったと報告しています。

具体的には、仮想的な支払意思額、つまり『いくらなら支払うか』を仮想的な条件で尋ねた金額の方が、実際に購入・支払いが生じ得る条件で測定された支払意思額より、平均的に高くなっていました。

もちろん、この研究は主として消費者の支払意思額を扱ったもので、企業向け新規事業の顧客インタビューなどを研究したものではなく、「BtoBの顧客は21%高く答える」という意味ではありません。

それでも、顧客の言葉を聞くことは大切ですが、顧客の言葉だけでニーズの有無を判断しない、という点を考えるうえでは参考になります。

顧客ニーズを探るには「困りごと」から

業務負担を抱える顧客を観察しながら困りごとを把握する様子

顧客ニーズを聞くならば、「何が欲しいですか?」ではなく、「何に困っていますか?」ということだと思います。

例えば、特許検索サービスについて「困りごと」を聞けば、以下のような答えが返ってくるかもしれません。

  • 調査件数が多くて、担当者の残業時間が増えている。
  • 外部調査会社へ依頼しているが、思うような結果が返ってこない。
  • 幾つものデータベースを併用していて、情報の整理がわずらわしい。

そうした「困りごと」を把握できれば、次にはそれを手掛かりに、以下のように深掘りしていくことができます。

  • その問題は、どのくらいの頻度で起きているか
  • その問題に対して、今はどのように対処しているのか
  • その対処方法には、どのような問題があるか
  • 他にどのような対処方法を考えているか

そうした問いを繰り返すことで、次第に、自分たちの技術や商品がどこに役立つのかが明らかになっていきます。

ここで気をつけたいのは、決して自分たちの技術や商品の説明や売込みに走らないことです。開発した技術者であれば特に、自分たちの技術や商品について説明したくなるものですが、そこを抑えて、「顧客の困りごと」を掘り起こすことに軸足を置くことが肝要と言えます。

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競争相手は、他社だけではなく「顧客の従来業務」

顧客のニーズを考える際、もうひとつ、見落としやすいものがあります。

それは「顧客の従来業務」です。

新しい商品やサービスを導入してもらうには、それが競合よりも優れているだけでは足りず、顧客が今行っている業務を、置き換えるだけのメリットを提示する必要があります。

それは、顧客が今使っている商品やサービスよりも優れていれば良い、という話ではなく、それを利用することで、今やっている業務が良くなることを示さなければなりません。

例えば、Excelを使った業務が長年定着していれば、いくら便利なITツールを提案しても、「乗り換えるのが面倒だから・・・」という理由で採用されないことは、往々にしてあります。

一般に「スイッチング・コスト」と呼ばれる、現在利用している商品やサービスから別のものに乗り換える際の、金銭的・時間的・心理的な負担を、乗り越える必要があるということです。

この場合、「特に誰が困っているのか?」「その上司は誰か?」「最終的な決定権は誰にあるのか?」まで確認することがポイントです。

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顧客ニーズの「仮説と検証」を繰り返す

顧客と試作品を確認しながら仮説検証を繰り返す様子

顧客の困りごとを聞いて、顧客の従来業務を上回るメリットを思いついたとしても、それがそのまま商品やサービスになり、顧客ニーズにつながるとは限りません。

試作品やデモを見てもらい、「顧客の困りごと」の解決になるか、従来業務以上のメリットがあるかを確認しながら、試行錯誤を繰り返す必要があります。そのような検証方法のひとつとして、PoC(Proof of Concept:概念実証)があります。

そこで大切なのは、単に商品やサービスを完成させることではなく、ビジネスモデルとして成立させることです。

科学技術振興機構(JST)が実施してきた「ビジネスモデル検証支援」では、技術シーズを基に最小限の試作品やデータを準備し、想定顧客などの評価を受け、その評価結果や社会ニーズを研究開発へフィードバックすることで、ビジネスモデル仮説を現実化・高度化する仕組みを採ってきました。

参考資料

この取り組みで重要なのは、どこかで進捗が止まったとき、「何が原因なのか?」をよく考えることです。課題がずれていたのか、予算がオーバーしたのか、タイミングを逃したのか、場合によっては、顧客の社内における合意形成不足といったこともあります。

そうしたとき、仮説を大胆に見直すことも、また大切なことです。それまでの仮説に固執するのではなく、柔軟に考え方や方針を変えていき、仮説検証のサイクルを素早く回していくことがポイントと言えます。

顧客に聞いても「未来」は見えない

ここまでは、顧客のニーズをいかに把握するか、という話でした。

しかし、顧客の話をいくら聞いても、それだけでは「未来の市場」が見えてくるとは限りません。

市場が生まれたり変化したりする要因は様々あります。革新的な技術の誕生、規制や標準の制定や改定、異分野からのプレイヤーの出現などにより、今ある市場が急に萎んでしまったり、思わぬ市場が急に出現したり、サプライチェーンの構造が変わってしまったりすることもあります。

例えば、パソコン、デジタルカメラ、スマートフォン、そして生成AIなど、新しい技術や商品が普及する過程では、従来の商品カテゴリーや顧客の行動そのものが大きく変わることがあります。こうした変化は、現在の顧客の要望を聞くだけでは捉えにくい場合があります。

つまり、今現在の顧客ニーズを見ることと、未来の市場を見ることは、かなり違うということです。

次回は、「市場調査をしても、未来の市場が見えない理由」をテーマに考えてみたいと思います。

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ABOUT ME
江川 祐一郎
江川 祐一郎
「ゆめ知財」代表
「ゆめ知財」代表の江川 祐一郎と申します。弁理士、知財系コンサルタントであることに加えて、知財系ライター、知財系プログラマー、知財系プランナーとして活動中です。知財戦略支援、中小企業・スタートアップ支援、産学連携支援、地方創生支援などを通じて、様々な人々や組織を繋ぎながら、夢の広がる社会の創造に貢献したいと思っています。
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