「未来の市場」を予測するには?~「変化の兆し」を捉える
前回の記事では、顧客のニーズを把握するには、言葉だけでなく「困りごと」を見ることが大切だと指摘しました。
では、今の顧客に対して十分にヒアリングしたり、今の市場を十分に調査すれば、「未来の市場」まで見えるのでしょうか?
「未来の市場」を確実に予測できる手段はありません。しかし、将来の変化につながる「変化の兆し」を捉えることは可能かも知れません。
今回は、「未来の市場」を予測するために、どのような「兆し」を、どのようにして捉えればよいか、考えてみたいと思います。

「今の市場」を前提とする市場予測の限界

新規事業を企画する場合、「市場規模は何億円か」「今後何%成長するか」などの数値データが求められます。もちろん、こうした数字は重要です。
そのような数値データは、現在や過去の市場に関するデータに基づき、一定の前提条件を置いて推計するのが一般的です。したがって、前提条件が変われば、予測結果も変わります。
文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、科学技術や将来社会を見通す科学技術予測調査を継続して実施しています。
現在の第12回調査では、まず国内外の社会や科学技術のトレンドや「変化の兆し」をホライズン・スキャニングによって把握し、ビジョニング、デルファイ調査、シナリオ分析などを組み合わせて将来像を検討する、としています。
これは要するに、未来を予測するために、過去の数字をそのまま延長するのではなく、今現在起こり始めている変化を幅広く捉えよう、という取り組みと言えます。
また、ホライズン・スキャニングでは、学術論文、報告書、ニュース、Web情報など、性質の異なる幅広い情報が調査対象になります。
新しい技術や素材などでは、そもそも既存の市場区分にそのまま当てはめにくい場合もあります。その場合、まず「どこまでを市場と見るか」自体を仮に定める必要があり、市場規模や成長率などの推計も、その市場の定義によって変わってきます。
市場を変えるのは顧客だけではない

市場の前提が変わるケースとして、ガリウムやゲルマニウムなどのレアメタルの例が挙げられます。
Reutersは2026年9月、中国による輸出規制から約3年が経過しても、西側諸国では高価格や供給不足が続いていると報じました。同記事によれば、世界生産の内、中国が占める割合は、ガリウムで98.9%、ゲルマニウムで68.6%にのぼるとのことです。
AIや光通信などによる需要増も重なり、供給不足が続いています。新たな供給源の開発、リサイクル、代替材料などの取り組みも進んでいますが、Reuterは、技術面やコスト面などに課題が残るとしています。
一方、EUの炭素国境調整措置(CBAM)では、2023年から排出量等の報告義務が始まり、2026年から実際の課金が段階的に導入されています。
対象となるセメント、アルミ、肥料、電力、水素、鉄鋼などでは、製品に含まれる炭素排出量に基づく証書購入が求められます。
実際の課金は、EU域内排出量取引制度(EU-ETS)の無償割当の廃止に合わせ、2026年から2034年にかけて段階的に導入されるとのことです。
これにより、価格や性能に加えて、「どの程度の炭素を排出して作られたか」が新たな競争条件として加わることになります。
このように、顧客の動向だけでなく、供給網や規制の変化によっても市場の前提は変わります。そして、それに対応して新しい供給者や代替材料が動き始めること自体を、市場構造が変わる「兆し」の一つと見ることができます。
未来の市場をつくる標準や新たなルール
未来の市場を考えるに当たっては、標準化や新たなルール形成も無視できません。
経済産業省は2026年4月、「企業価値を高める標準化・ルール形成」を公表し、世界的に規制・標準の再編が進む中で、標準化やルール形成が「市場創出の手段の一つ」になっているとしています。
新しい技術について、性能をどう測るのか、安全性をどう確認するのか、他の製品とどう接続するのか・・・
このような標準化やルール形成が進めば、それまで採用され難かった新しい技術の普及が促進されやすくなる場合があります。
しかし、それとは反対に、自社に不利な評価方法や規格が一般化する可能性もあり、その場合は、技術的に優れていても、市場への参入や普及が難しくなる、といったことも起こり得ます。
つまり、標準化やルール形成は、新たな技術、商品、サービスなどを評価する「物差し」であり、それによって新しい市場を作りもしますが、その競争環境を変えてしまい、企業の動きを活発にしたり、反対に抑制することもあります。
このことから、すでに存在する規制やルールを調べるだけではなく、これから形成される標準やルールにも目を向けておくことが重要と言えます。

「未来の予測」ではなく「変化の兆し」に注目する

以上の議論を踏まえれば、「未来の予測」をしようとするよりも、さまざまな「変化の兆し」を集める方が、より実務的と言えます。
例えば、以下のような情報に注目することです。ひとつひとつは小さな変化でも、複数の情報が、あるひとつの方向を示唆し始めていることが見えてくれば、未来の市場を考える手掛かりになり得ます。
- 顧客の行動が変わり始めていないか
- 新しい技術や材料が使われ始めていないか
- 規制や政策がどちらへ向かっているか
- 標準化や認証の議論が始まっていないか
- 異業種やスタートアップが参入していないか
- サプライチェーンに変化が起きていないか
特許情報も、そうした情報のひとつです。出願が増えている技術分野、最近になって増えているキーワード、引用され始めている特許などから、変化の兆候を探すことはできます。

ただし、仮に未来の市場がある程度見えてきたとしても、それだけで新規事業が前に進むとは限りません。次回は、その理由について考えてみたいと思います。

