商標権が効かない?~”普通名称化”のリスク
以前、特許と商標の違いに関する記事で、せっかく取った商標が取消されることがある点について触れました。
それに加えて、せっかく取った商標権が効かないというケースもあります。一般に「商標の普通名称化」と呼ばれる問題です。
今回、「正露丸」の例を挙げて、その問題に触れてみたいと思います。
「正露丸」の商標について
「正露丸」は、下痢などに効く整腸剤として、とても有名な薬です。「正露丸」を製造販売しているのは「大幸薬品」というメーカーで、大幸薬品は「正露丸」の登録商標を、幾つも持っています。
J-PlatPatで商標を検索すると、下図の通り、18件がヒットします。
無効になった「正露丸」の商標
この「正露丸」があまりに良く効くので、かつて、いろいろなメーカーが同様の成分を持つ薬を製造販売し始め、それらは全て「正露丸」と呼ばれるようになりました。
このように、多くのメーカーから同様の製品が提供され、それらが同じ名称で呼ばれるようになった場合、その商標は「普通名称化」と呼ばれる状態になります。
そうなると、特定のメーカーだけに「正露丸」の商標権を認めて保護する社会的意義が無くなります。従って、その後に同様の商標を出願したメーカーがあっても、拒絶となります(商標法3条1項1号)。
自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
・・・
また、上図の内、左上の「正露丸」という漢字の商標は、裁判において「普通名称化したので効力が無い」という判断がなされています。商標法にもその旨が規定されています。
商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となっているものを含む。)には、及ばない。
・・・
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称・・・を普通に用いられる方法で表示する商標
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また、上図のリストにはありませんが、すでに無効とされた「正露丸」の商標(第455094号)も存在します。こちらは、いったん登録になったんだけれども、その時点で「すでに普通名称化していた」という理由で、裁判にて取り消しになっています。
「正露丸」ではなく「ラッパのマーク」
以上のことから、登録になった商標であっても、「それは自分の会社の商標だ!」ということを世間にアピールし続ける努力が必要、ということになります。
もし他社が勝手に使い出したら、すぐに警告したり訴訟を起こすなどして、防御する姿勢を示す必要があります。本件の場合、そのような努力を怠っていたことが、裁判所で判断されています。
同様の事例は、エスカレーター、ホッチキス、うどんすき、巨峰など、多く存在します。
大幸薬品が上図のように多くの「正露丸」に関する商標を獲得しているのは、そうした苦い経験があるからかも知れません。上図の商標群を見ると、新商品を出すたびにデザインを変えて、独自性(識別性)を保持しよう、という大幸薬品の姿勢が垣間見えます。
なお、上記の裁判では、大幸薬品の商品であることを示すのは、「正露丸」ではなく「ラッパのマーク」の方であると判断されています。
自分を特徴づけているものは何なのか、冷静かつ客観的に見詰め直す、そのことの大切さを示唆してくれる事例とも言えますね。