「切り餅」事件についての続きです。今回は前回の逆で、「特許を踏まれる側」の立場を論じてみたいと思います。
つまり”先発”である側(本件では越後製菓)が、どうすれば特許を踏ませないで、もっと”前向き”な方策をとれただろうか、というのを、同じくまったく無責任で勝手(?)な視点でもって、触れてみたいと思います。
先発の戦略(1)~「技術」と「効果」の”陣地”を固める
ところで、2021年度の売上高は、サトウ食品が469億円、越後製菓が187億円。いずれも餅が主力ですが、越後の方が若干、それ以外にも裾野を伸ばしているようです。
また、餅に限って言えば、サトウは切り餅の元祖と言えますし、そのシェアは越後の倍ほどあるようなので、はたして越後が先発と言えるか、という疑問があるかも知れません。
しかし、何か新たな技術開発があった場合、何が先発か後発かは、その技術について見ることになります。先に触れた通り、「無菌化包装」という技術を見ればサトウが先発ですが、「切り込みによる焼き上げの美感」という技術で見れば、その技術範囲が狭かろうと、越後の方が先発と言えます。
以前、メーカーの場合は、新たな技術や製品を次々と開発するのが本分で、「特許を踏まれる側」たる先発メーカーならば、「マモル」という方策があることを挙げました。
先発メーカーとして、特許ひとつで安心するのでなく、その技術や製品の本質を見極め、その応用展開の可能性を掘り下げることで、技術・製品のバリエーションを次々と生み出すことに挑戦する。それが結果的に”マモル”(特許侵害の防止)にも繋がる。
越後の発明が持つ特徴は、「側面に切り込みを入れる」ことで、餅を焼いたときに「破裂したりせずキレイに焼きあがる」という点にあります。
この、側面に切り込みという「技術」と、キレイに焼きあがるという「効果」。これは、先発メーカーたる越後製菓が守るべき技術的な”縄張り”と言えます。
この”陣地”たる「技術」と「効果」の両方を満たすバリエーションは、もっとたくさんあるかと思われます。例えば下図のように、横一直線でなくジグザグに切り込みを入れても、同様の効果は発揮すると予想されます。
越後の特許には、「・・・側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部・・・」という記載がありますが、それは横一直線と限らないと言えます。もし、ジグザグがこの特許の範囲内で無いと言われるならば、新たにジグザグの特許を出すなどして、”縄張り”を固めるのが先発のとるべき手段と言えます。
それが仮に特許にならなくとも、そういったバリエーションを商品として次々と打ち出すことで、「キレイなお餅」「面白いデザインのお餅」ということで、顧客を引き付ける新たなポジションを築く。そんな手もあるのかな、と考えます。
先発の戦略(2)~他社には無い「自社の独自性」を”掛け合わせる”
先に後発の戦略でも述べたのと同じく、先発であっても、他社には無い「自社の独自性」を改めて俯瞰し、客観的に把握しておくことは重要かと思います。
先に後発の戦略にて示した特許マップと同様、越後に加え、佐藤食品工業とたいまつ食品がどのようなキーワードを使用しがちかを、各社の特徴を見てみたいと思います。(前回と同じく、越後の特許が出された2004年以前の期間を対象としています。)
やはり、越後だけに現れて他社には現れないキーワードが、割と多くあることが分かります。本件では「美感」に注目が集まりましたが、越後は当時、「電子レンジ」で簡便に調理できる技術に関する特許を多く出していました。また、「海苔」を巻いた餅に関する特許は、他社があまり出していないものでした。
こうした場合、例えば、「電子レンジでの調理が簡便で、側面に切り込みがあることで美しく仕上がる、海苔を巻いた餅」などというように、越後”ならでは”の特徴を複数”掛け合わせた”発明が考えられます。
”陣地固め”をする際、よく「周辺特許」を出すという言い方をします。その場合、最初に出した「基本特許」に対して、何か特徴を付け足したり、用途を限定したりなどすることが多いです。
その場合、上述したような「自社の独自性」を掛け合わせた周辺特許を出しておくと、自社の得意な領域に他社は入って来難い、という事情もあいまって、強力な特許網を獲得して”縄張り”を固めるには、有力な手段になるかと思われます。