特許を取らないほうがいいこともある?~世界的な抹茶ブームに見る「開放する知財戦略」~
新しい商品や技術を開発したとき、「これで特許を取っておこう」と考えるのは、特に大企業であれば、ごく自然な流れです。
実際、新たな商品や技術を他社に真似されないための手段として、特許は強力な武器であるのは確かです。
しかし、「事業を立ち上げる・広げる」という視点からすると、特許を取ることが、いつも最善とは限りません。
そこで、そうした「事業」の観点から、「特許を取らない知財戦略」とはどのようなものか、世界的な抹茶ブームの事例を取り上げて見ていきたいと思います。
世界に”MATCHA”を広げるには?

2026年8月、「女性自身」に、世界的な「抹茶ブーム」の仕掛け人のひとりである前田拓氏へのインタビュー記事が掲載されました。
記事によれば、前田氏は1984年に米国で前田園USAを創業。当時、米国ではまだ馴染みの薄かった日本茶を普及させるため、1993年に「抹茶アイス」を発売、さらに1999年には「抹茶ラテ」を提案しています。
この抹茶ラテについては、店舗で簡単に提供するための製造方法が工夫されています。
本来、抹茶を点てるには「茶筅」(ちゃせん)を使いますが、前田氏は、エスプレッソマシンのスチーマーを利用する方法を考案。安全性や作業性を高め、誰でも作りやすいようにマニュアル化したとのことです。
興味深いのは、この製法については特許を取らず、技術を「開放」する道を選んだことです。記事中で前田氏は、「抹茶ドリンクを世界中で簡単に提供してもらいたいと考えた」と、その理由を語っています。
特許を調べた範囲では、抹茶に関して前田氏や前田園USAを出願人とする公開公報は確認できませんでした。記事では前田氏自身が「製法特許の申請もした」と語っていますが、その後の手続がどうなったのかは確認できませんでした。
「特許を取らない」ことも知財戦略

この話から、「特許を取らなくても成功できるんだ」という誤解を招くかも知れませんが、そう単純な話ではありません。
この話のポイントは、「前田氏はいったい何を目指していたのか?」という点です。
少なくともこの製法については、自社だけで独占することよりも、世界中の店で抹茶ドリンクが簡単に提供されることを優先したと考えられます。
もし、抹茶を世界中に普及することが優先ならば、製造方法の特許を独占するよりも、その技術を開放する方が、その目的にかなっていると言えます。
つまり、新たな技術だから特許を取る、という単純な考え方ではなく、「この事業をどうしたいのか」という”目的”を基準にして、その目的達成のために「この技術を独占しない」という”手段”を選択したことが、この話の重要なポイントになります。
これは、いわば「特許を取らない知財戦略」とも言えます。
「道具」としての知的財産

新しい技術やノウハウが生まれたとき、それをどのように活用するかは、幾つかの選択肢があります。例えば以下のものが挙げられます。
- 特許を取得して独占権で事業を守る
- 営業秘密やノウハウとして社内に秘匿する
- 開放してプレイヤーの参入を促し事業を広げる
- 特許や技術をライセンスして、収益化や市場拡大につなげる
実際には、以上を組み合わせて、オープン&クローズ戦略を構築することも、よく行われています。特許庁も、中小企業の知財戦略について、特許取得だけでなく、何をオープンにし、何をクローズにするかという視点を含めて検討することの重要性を示しています。

もし、この抹茶アイスクリームや抹茶ラテなどのように、市場がほとんど存在しないか未成熟の場合は、技術をオープンにすることで、あえて競合他社にも参入して貰って、市場全体を大きくすることが重要とも考えられます。
一方、すでに市場が成長または成熟の段階に入っていて、競合他社との差別化を図ることが重要な状況ならば、特許取得やノウハウ秘匿などのクローズな手段を取ることで、自社の事業を大きくすることが重要という考え方もあります。
いずれの場合でも、技術やノウハウはあくまで「道具」であり、それをどのように活用するかを「事業」の観点で考えること、その重要性を示唆しているのがこの記事の事例であるとも言えます。
地理的表示「GI」による食品等の保護

この抹茶の事例に関連して、もうひとつ興味深い動きがあります。
2026年7月、農林水産省は「日本茶」を地理的表示、いわゆるGIとして登録しました。
地理的表示(GI)とは、その地域ならではの品質や評価を持つ農林水産物・食品の名称を、知的財産として保護する制度です。
農林水産省は、世界的な抹茶ブームなどを背景に日本茶の輸出が伸びる中、知的財産の保護と一層の輸出拡大に向けて登録準備が進められてきた、と説明しています。
農林水産省の発表やGIの利用に関するガイドラインには、前田氏が製法を開放したことと日本茶のGI登録との関係には言及されていません。地域ブランドの保護という国策と、市場を拡大する民間の活動という、目的や規模の違いもあります。
一方では、抹茶をはじめとする日本茶の市場が世界へ広がり、他方では、その価値を知的財産として保護する動きも進んでいます。前田氏の技術開放とGI登録を直接結び付けることはできませんが、「市場を広げる」と「広がった市場で価値を守る」という二つの知財の使い方を考える材料として見ると、興味深い組み合わせです。
つまり、技術を開放して市場を拡大するという”攻め”の考え方がある一方で、市場が成長した段階では、日本産としての名称や、その名称に結び付いた産地・品質等の価値への”守り”を固めることも重要になります。
事業の成長によって知財の活用も方針や手段が変化していくという意味で、興味深いケースと言えます。
「特許を取る」より先に考えたいこと
特許は強力な「道具」です。しかし「道具」は、持っていることよりも「何のためにどう使うか」のほうが重要です。
今回取り上げた抹茶の事例は、知財を単に「獲得して守るための道具」とするのではなく、市場や事業をどのように育てるか、その各段階で知財をどのように活用するかを考えさせる、面白い事例ではないかと思います。
新しい技術や商品を生み出すことができたら、今置かれている状況を見ながら、以下のようなことを考えてみては如何でしょうか。
- 市場を拡大するべき段階か、自社の利益を守るべき段階か
- 事業を伸ばすには、その技術や商品を独占すべきか開放すべきか
- その技術はノウハウとして秘匿すべきか、公開・標準化などによって普及を促すべきか
- 自社で事業化するのが良いか、他社に積極的にライセンスするのが良いか
次回は、商標に焦点を当て、商標を利用した市場の拡大や事業の保護などについて考えてみたいと思います。
オープン&クローズ戦略を体系的に見る
特許を取るか、秘匿するか、開放するか、ライセンスするかを事業目的や市場の成長段階から考える方法については、「オープン&クローズ戦略とは?|知財を道具に事業を広げる実践ガイド」で整理しています。
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