知財戦略

「守る技術」と「広げるルール」~メトロールに見る、市場を創る知財戦略~

江川 祐一郎

よい技術を開発したら、特許を取って他社に真似されないようにする。

知財というと、まずこのような使い方を思い浮かべるかもしれません。

しかし、新しい技術や商品を開発して特許を取っても、それだけでは事業も市場も広がりません。

いくら商品が良くても、それを顧客が評価しなければ売れません。いくら技術が良くても、導入実績が少なければ、安心して使えるとは思われません。

今回は、センサメーカーであるメトロールの事例から、特許やノウハウで技術を守りながら市場を広げていく考え方について見ていきたいと思います。

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特許を取らなかった経験から、知財を経営戦略へ

株式会社メトロールは、東京都立川市に本社を置く精密位置決めセンサメーカーです。

2025年には、知的財産を積極的に活用する企業として、特許庁の「知財功労賞・特許庁長官表彰」を受賞しました。

同社によれば、過去に特許を取得していなかったことで経営危機に陥った経験があり、それを教訓に、現在では知財取得を経営戦略のひとつとして位置づけています。

重要な製品については特許権や意匠権などで多面的に保護する一方、生産技術についてはノウハウも組み合わせています。

注目すべきポイントは、自社の製品そのものだけではなく、「その製品をどのように利用するか」という点に着目して、「利用技術」まで権利化の対象としていることです。

「よいセンサを作ったので、そのセンサを特許で守る」というところで留まらず、「そのセンサを使えば、どんな用途に使われ、何が便利になるのか」というところまでを、経営戦略に取り込んでいます。

新たな研削盤システムの「性能試験方法」を標準化

その具体例のひとつが、「研削盤の自動化」です。

研削盤は、回転する砥石で金属などを精密に加工する機械です。

従来、研削加工するときの砥石の位置合わせは、多くの部分を熟練作業者の経験に頼っていました。

それに対してメトロールは、回転している砥石の位置を、エアマイクロセンサを使って自動検出する技術を開発し、位置合わせの自動化に成功しました。

この技術は2026年3月、第10回「ものづくり日本大賞」の優秀賞にも選ばれています。

ここで注目したいのは、メトロールが、新たに開発したセンサやその利用技術を権利化する一方、その技術を市場で評価するための「性能試験方法」について標準化を進めたことです。

標準化されたのは、「回転砥石半径計測システムの性能試験方法」で、2023年に「JSA-S1014:2023」として発行されました。

JSA規格とは、日本規格協会が企業等からの依頼を受けて開発・発行する民間規格です。国家規格であるJISとは異なり、新しい製品やサービスなど、多様な標準化ニーズに柔軟に対応する仕組みです。

参考資料

日本規格協会「JSA規格制度」

「技術そのもの」ではなく「物差し」で市場拡大

JSA規格で定められたのは、センサそのものやその製造方法ではなく、センサを組み込んだ「回転砥石半径計測システム」の性能を試験する方法です。

この事例の面白さはここにあります。

新たな技術は、商品や特許になって公開されてしまうと、競合他社に後追いされ、いずれ競争力を失う可能性があります。

それでも、競合他社より高性能ならば良いのですが、いくら「わが社の製品は高性能です」と訴えても、新たな技術は顧客にとって評価が難しく、なかなか導入する判断に至らないことが多々あります。

そこで、そうした新たな技術の「性能を評価する方法」について標準を定めれば、それを「共通の物差し」として、誰もがその技術を評価しやすくなります。

メトロールの事例を分析すると、以下のような戦略が見えてきます。

  • 新たな製品や技術は、必要な部分を特許などで保護する。
  • 外から見えにくい生産技術などは、ノウハウとして社内に秘匿する。
  • 一方で、新たな製品や技術を評価する方法は、標準化する。
  • 標準化した評価方法を共通ルールとして普及させ、新たな製品や技術の市場浸透を図る。

新たな技術をすべて囲い込むのではなく、どうすれば市場を創ることができるのかという視点から、新たな技術の「知的財産としての使い方」を工夫している事例と言えます。

「競争のルール」まで考える

特許は、技術を他社に使わせないという意味で強力な武器ですが、事業を創って市場を広げることを考えると、「他社に使わせないこと」が必ずしも適切とは限りません。

新たな技術や製品によって市場を立ち上げる場面では、顧客だけでなく、装置メーカー、部品メーカー、原材料メーカーなど、多くの企業が参加できる環境をつくることが重要です。

場合によっては、競合他社も巻き込んで、一緒に市場を創っていく必要があります。

そのときには、単に技術を守るのではなく、

「どういう製品なら性能が高いと評価するのか」
「どういう方法で性能を評価するのか」
「どういう使用方法を業界の標準にしていくのか」

といった、いわば「競争のルール」づくりも、知財戦略、事業戦略、経営戦略の対象になります。

経済産業省も近年、標準化やルール形成によって新市場を創出したり、既存市場で優位性を確保したりする力を「市場形成力」として取り上げています。

参考資料

こうした動きは、中小企業には難しいと思われるかもしれませんが、そのようなことはありません。

実際、メトロールは中小企業ですし、経済産業省が公表する標準化の事例にも中小企業が多く含まれています。

参考資料

むしろ経営資源の限られた中小企業ほど、すべてを自社だけで囲い込むのではなく、守るべき部分は守った上で、それ以外は他社とも共有・標準化し、市場全体を広げる方がよい場合もあります。

そうすることで、自社が強みを持つ部分に経営資源を集中しながら、自社技術が使われやすい環境をつくることもできます。

「何を守るか」の次は「何を広げるか」

知財戦略を考えるとき、「何を特許にするか」「どこを秘密にするか」はもちろん重要です。

しかし、新しい商品や事業を広げたいのであれば、その次にもうひとつ、「問い」を加えるのが良いのではないか、と思います。

「何を市場に広げれば、自社のメリットになるのか?」

それは、技術そのものかもしれません。利用方法かもしれません。あるいは、評価方法、接続方法、品質基準といった「ルール」かもしれません。

いずれにせよ大切なのは、「守るか、広げるか」のどちらかを選ぶことではなく、以下のようなことを組み合わせることだと考えます。

「どのような事業を実現したいのか。」
「そのために、何を自社で守るべきか」(特許等の獲得、秘匿、・・・)
「そのために、他社に使ってもらうべきか」(ライセンス、譲渡、・・・)
「そのために、何を市場に広げるべきか」(標準化、特許プール、・・・)

知財の使い方を、事業の在り方から考える

メトロールの事例は、特許やノウハウで自社の技術を守るだけでなく、標準化によって、その技術が評価され、使われやすい市場環境をつくろうとする事例でした。

このシリーズでは、ここまでに、知財を広く開放する、相手を選んで使ってもらう、自社の商品や事業の中で使い方を広げる、そして今回、市場のルールづくりにまで視点を広げてきました。

知財の使い方はそれぞれ異なりますが、共通していることがあります。

それは、知財の使い方を事業の在り方から考える、ということです。

では、そのような知財の使い方を、経営戦略の中でどのように位置づけ、それをどのように企業価値へつなげていけばよいのでしょうか。

次回は、このシリーズの最後として、「知財を経営戦略・企業価値へつなげる」ことをテーマに考えてみたいと思います。

知財戦略について体系的に見る

知財を、特許や商標の取得だけでなく、事業目的からどう選び、組み合わせ、活用するかについては、「知財戦略とは?|事業と知財をつなぐ実践ガイド」で整理しています。

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ABOUT ME
江川 祐一郎
江川 祐一郎
「ゆめ知財」代表
「ゆめ知財」代表の江川 祐一郎と申します。弁理士、知財系コンサルタントであることに加えて、知財系ライター、知財系プログラマー、知財系プランナーとして活動中です。知財戦略支援、中小企業・スタートアップ支援、産学連携支援、地方創生支援などを通じて、様々な人々や組織を繋ぎながら、夢の広がる社会の創造に貢献したいと思っています。
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