商標の「広げる」使い道~「アミノバイタル」に見る、市場を広げる知財戦略~
前回は、世界的な抹茶ブームを題材に、市場を広げる知財戦略を取り上げました。
このケースは、特許による独占を選ばず、技術を広く開放するという方法でした。
一方、特許や商標などの知的財産権を持ちながら市場を広げるという方法もあります。いわゆるライセンスです。
今回は、商標をライセンスする事例を取り上げ、「知的財産権で市場を拡大する方法」について考えてみたいと思います。
味の素「アミノバイタル」をサントリーが商品化

2026年8月31日、サントリービバレッジ&フードは、味の素と「アミノバイタル」のペットボトル飲料に関する商標ライセンス契約を締結したと発表しました。そして9月8日、新商品となる「aminoVITAL X」が全国で発売されました。
サントリー側の公式発表では、「aminoVITAL X」について、「スポーツサプリメントでもスポーツドリンクでもない、新しいカテゴリーの商品」と位置付けています。
具体的には、ウォーキング、ジョギング、フィットネスなどを日常的に楽しみ、「本格的なスポーツサプリメントまでは使わない」という層に、スポーツドリンクのような手軽さで栄養補給できる新しい選択肢を提供することを目指しています。
味の素は、アミノ酸に関して長年にわたり研究・開発を行ってきた企業であり、「アミノバイタル」は、その技術や知見をスポーツ分野に展開し、1995年に誕生したブランドです。
一方、サントリービバレッジ&フードは、サントリーグループの中でソフトドリンク事業を担っています。
今回の商品について、公式発表では、「アミノバイタル」が培ってきたスポーツ栄養・アミノ酸研究の知見と、サントリーの飲料開発技術を融合したものと説明されています。
これを事業の視点から見れば、味の素の「ブランド力」×サントリーの「商品開発・事業展開力」という、それぞれ異なる強みを組み合わせた取り組みとも捉えることができます。
自社ブランドを他社に使わせる意味とは?

新しい市場へ進出する場合、まず「自社で商品を開発し、自社で製造・販売する」ことを考える企業も少なくありません。
しかし、強いブランドや技術を持つ企業では、それに対する消費者の需要が大きい一方、その需要に応じるだけの開発体制、製造設備、販売チャネルなどが不足することもあります。
そうした場合、その不足分をすべて自前で補うには、相当な時間、費用、労力が必要となります。場合によっては、せっかくの市場拡大のチャンスを逃してしまう可能性もあります。
そこで、その不足した部分を他社に任せようという考え方が生まれます。ライセンスは、そのひとつの手段です。ライセンス先にとっても、自社にないブランド力や技術を活用できるチャンスとなります。
今回の取り組みの具体的な背景や狙いは、公表資料からすべてを知ることはできませんが、事業の視点から見れば、味の素が自社ブランドをサントリーの飲料開発力と組み合わせ、市場拡大につなげる取り組みと捉えることができます。
一方、サントリーにとっても、「アミノバイタル」という既存ブランドを活用して、新しい商品カテゴリーへ展開する機会と見ることができます。
このようにライセンスは、自社だけですべてを賄うことができなくても、知的財産を接点として相手の強みを利用できる、力強い手段と言えます。
これは、中小企業でも使える手段です。
例えば、「技術には自信があるが、全国販売する力がない」「地域では知られたブランドだが、さらに展開するノウハウがない」といった場合には、適切なパートナーと組めば、自社だけでやるよりも事業を大きくできる可能性があります。
相手を選んで自社ブランドを使わせる

商標権というと、自社の商品名やブランド名を「守る」権利、つまり、他社に「勝手に使わせない」ための権利、というイメージが強いかもしれません。
もちろん、それは商標権の重要な役割です。
しかし、その商標権を他社にライセンスして、自社だけではなく他社にも使ってもらうということも可能です。
商標法では、商標権者が他人に登録商標の使用を認める仕組みとして、通常使用権などが定められています。例えば、商標法第31条では、商標権者が他人に通常使用権を許諾できることが定められています。
(もっとも、今回の味の素とサントリーの契約が、具体的にどの法律や条文に基づいているかは、公表資料からは確認できません。)
前回取り上げた抹茶の事例は、特許による独占をするのではなく、技術を広く開放することで市場を広げようとした戦略でした。
一方、この「アミノバイタル」の事例は、知的財産権を保有しながら、適切な相手を選んでブランドの利用を許すことによって、市場を広げる方法と見ることができます。
どちらも「市場を広げる」という目的は共通していますが、そのために選んだ手段が違います。
味の素にとって「アミノバイタル」とは、自社のコアであるアミノ酸技術のイメージと、1995年の発売以来積み重ねてきた実績、スポーツ分野を中心とした消費者からの信頼が蓄積したブランドと言えるでしょう。
そのようなブランドを他社に使用させる場合、誰に、どのように使ってもらうかは重要な判断になります。
今回の公式発表では、「アミノバイタル」が培ってきたスポーツ栄養・アミノ酸研究の知見と、サントリーの飲料開発技術を融合した商品と説明されています。
こうしたブランドのライセンスでは、ブランド価値を損なわず、新しい市場へ展開できる相手かどうかを見極めることが重要になります。
自社ブランドを使わせるリスク

一方、自社ブランドを他社に使わせることには、リスクもあります。
例えば、自社のブランドを付けたライセンス先の商品が期待した水準に達していない場合や、品質事故を起こしてしまった場合には、かえってブランドの価値を下げてしまうことにもなりかねません。
それが、適切な相手を選んで使わせることが重要になる理由のひとつです。
その場合、相手を選ぶだけでなく、例えば以下のようなことも、ライセンスの条件として検討することが重要となります。
・どの商品に商標を使わせるのか
・どの地域で使わせるのか
・どのような表示方法を認めるのか
・商品の品質をどのように管理するのか
それに加えて、ライセンスするに当たっては、そのブランドをどのような方向へ育てていきたいか、また、ライセンス先である企業と今後どのような関係を構築していきたいか、という事業上の判断も重要になります。
「競合」から「協業」へ

知財には、競合他社を排除するための「壁」としての役割があると同時に、他社と共に事業を作るための「接点」という側面もあります。
単に自社の事業を守るだけではなく、「この知財で、どんな事業を、誰と生み出せるだろう?」と考えてみれば、特許や商標の役割や使い道も、少し変わってくるのではないでしょうか。
次回は、「守る知財」が「売る知財」へどのように変わっていくのかについて考えてみたいと思います。
知財戦略について体系的に見る
知財を、特許や商標の取得だけでなく、事業目的からどう選び、組み合わせ、活用するかについては、「知財戦略とは?|事業と知財をつなぐ実践ガイド」で整理しています。

