IPランドスケープへの”よくある批判”3選
ちょっと議論になりそうなタイトルにしましたが、IPランドスケープを批判的に見ている向きが割とあるのは、否定できない事実かと思われます。そこで今回、敢えてそこに触れてみたいと思います。
IPランドスケープには賛否両論あって、どうやって推進すれば良いか、どこの会社でも悩むところかと思います。以前の記事「IPランドスケープとは?」では、”推進する側”(知財部門)の立場で、筆者自身の独断と偏見を書きました。
それに対して、”推進される側”、というのも変な言い方ですが、要するに、経営・事業・営業・研究など、知財以外の各部門からは、表立ってか裏でかはともかく、ある種の批判があることは、”推進する側”としても感じているところではあります。
そこで、適切かどうかは置いといて、先に述べた「魔法びん」の事例をピックアップして、そうした批判にまつわる問題を、少しだけ探ってみたいと思います。
「特許だけで何が分かる?」という批判
いちばん”ありがち”なのが、この批判。正直、ごもっともな批判かと思われます。
先の記事「魔法びん」のIPランドスケープでは、簡単に説明するために、敢えて特許件数の推移だけに基づいて、競争ポジション(リーダー・チャレンジャー・フォロワー)の分析を紹介しました。
しかし現実問題、特に、営業や研究の現場にいる人間の立場からすると、「何も知らない知財が何を言ってんだ?」という”反発”があることを、正直感じています。筆者も営業や研究をやってたので、その気持ちはよく理解できます。
そうした反発を感じるのも当然で、競争ポジションというのは、特許情報などで評価するものじゃなくて、実際のマーケットや地域毎の売上シェアや、実際に現場で起きている商品販売の早さや多さなどに基づいて評価するのが普通だからです。
しかるに、知財部門がIPランドスケープと称して行っている特許分析というものは、そうした現場も見ない分析であり、「胡散臭い」「机上の空論」「データで遊んでる」、といった風に見えても、無理はないかと思います。
ただし、筆者としては、こうした批判については、どっちが良いか悪いかじゃなくて、批判する側とされる側のどちらにも問題があると思います。具体的には、以下のように考えています。
- 営業部門は、最前線で生の情報(一次情報)に触れており、それが最重要と考え勝ち。
- しかし、競合他社は特許という”見えない武器”を巧みに使い、知らぬ間に策略を巡らしているもの。それは最前線であるが故に気づきづらい。
- それを補い、全体を俯瞰する役割を担うのが、別の客観的な情報ソースに基づく特許分析である。
- 知財部門は、「特許を見るのは当たり前でしょ?」と単純に考え勝ち。
- しかし、営業や研究の現場は特許を見ることだけが仕事ではない。特許が見られていない事実を謙虚に受け止め、特許を見る動機づけをするのは知財部門の仕事。
- そもそも、特許情報に偏重した知財活動への批判から生まれたのがIPランドスケープ。非特許情報を自ら取りに行く、そうした”機動力”を見せることが知財部門の課題。
以上を踏まえないと、知財部門が迂闊にIPランドスケープを推進しようとすれば、”なんちゃって”IPランドスケープ(役立たずのIPランドスケープ)になってしまい、知財の評判を却って落とすことにもなり兼ねない、と考えます。
「現実は違うよ」という批判
これも、ありがちな批判ですね。現場の最前線にいる面々からすると、生々しい現実を知っている、という自負がある訳ですから、IPランドスケープによる分析が多少の事実を捉えていたとしても、「実際はちょっと違うんだよね~」「○社が戦略的に勝ったなんてウソだよ」「だって当事者から聞いたんだから」などなど、ついつい批判したくなるものです。
先の記事「魔法びん」のIPランドスケープでは、キーワードからチャレンジャーの”強み”を判断しましたが、これも仮説に過ぎず、検証が必要なのは事実です。(記事ではいちおう、”邪推”という”逃げ”を打ちましたが・・・)
しかし、これの批判もまた、もっともな面と考え直すべき面、両面があると考えます。
- 事業部門や営業部門は、あくまでリアリスト。現場で生々しい駆け引きを行っており、下手な推論を嫌う。競合の強み、顧客の要求、それらの意図も含めて、”見た・聞いた”ことに基づく「個別・具体論」を重視する。
- しかし、それに対策を打つ場合、その細かい事実や意図に縛られない、「一般化・抽象化」は欠かせない。それにはいったん、現場からある程度の距離を置く必要あり。現実を「競争戦略」として捉え直した上、特許分析により情報を様々な切り口で見直すことは、解決策のヒントを得るには有用である。
- 知財部門や情報分析部門は、特許マップ作成など、データを集めて分析すること自体を目的化し、それ自体に意義を見出し勝ち。
- しかし、それは本末転倒な話。それだけにハマると、現実との乖離が大きくなるのは当然。
- 分析のアウトプットを有効活用するには、営業や研究の現場とのコンタクトを重視し、その信頼を得ながら、一方で現場とは適度な距離を置いて客観視するというバランス感覚が必要である。
実際、この”バランス感覚”というのが、とても難しいと感じます。筆者の勤務先の上司からは「敢えて嫌われ者の役割を演じてくれ」などと言われたこともあります。
無茶振りにも聞こえますが、経営者として必要なことと判断しての指示ではあったかと思います。ジレンマですが、この”バランス感覚”を如何に発揮できるかが、IPランドスケープを成功に導く肝かとも考えます。
いずれにせよ、ひとりで出来ることではないので、組織の中では役割分担かなあ、と思っています。
「それってホント?」という批判
IPランドスケープへの大きな期待のひとつは、何と言っても「将来予測」ではないでしょうか?
先の記事「IPランドスケープを上手く推進するには?」でも触れた通り、筆者の勤務先でも、それを意識して「経営・事業・研究への羅針盤(ナビゲーションシステム)」と称しています。
しかし当然ながら、将来予測なんて、簡単なことではありません。特許分析のサービスを提供する色んなベンダーからは、様々な方法論が提案されていますが、どれをとっても一長一短で、これといったものは未だ無い、というのが実感です。
先の記事「魔法びん」のIPランドスケープでは、1981~1982年という短期間に「金属製」というキーワードが急上昇しており、これを目敏く捉えるか否かがポイント、という言い方をしましたが、「それってホント?」と疑う方が自然かとも思います。
これについては、特許だけでなく、様々な情報と組み合わせて判断することが必要ですが、経験に基づく”勘”も欠かせないなあ、とも感じています。ただし、決して単なる”運”や”偶然”ではなく、何事も見逃さず、めざとく捉えようという「意思」の問題だと思います。
そして、それを「仕組み」としてサポートするのがIPランドスケープ、というのが筆者の理解です。なので、ただ単に「それってホント?」と疑いの目を持つに留まるのでなく、IPランドスケープを如何に利用するか、そこを深掘りしてみてはどうか、と思う次第です。
対立から信頼へ、そして”真に役立つ道具”に
IPランドスケープを巡っては、知財部門と他部門とが対立構造になる要素をはらんでいることは否定できず、そこは謙虚に受け止めた方が良いかと思い、そうした視点の考えを述べてみました。
そして、もしそうした対立があるならば、その対立があることを真正面から認めた上で、それを乗り越えて、如何に歩み寄って、信頼関係を築けるか、ということが肝心かと思います。
いずれにせよ、IPランドスケープは単なる道具に過ぎません。それを如何にして真に役立つものとするか、それが本当の課題であることは、いつも心に留めておきたいと思います。