筆者は勤務先で、いわゆる「IPランドスケープ」に携わっております。
IPランドスケープを担う専門部署を立ち上げ、人材育成から実践まで、頼りになる社内のメンバーとチームで進行中。課題が次々に出現し、苦しくもあり楽しくもあり、といった状況です。
今回、IPランドスケープについて、筆者の経験に基づく独断と偏見(?)で、気軽に触れてみます。
IPランドスケープを取り巻く現状
筆者がIPランドスケープに関わり始めたのは2017~2018年頃。まだまだ知財業界の中だけで話題になっている状況だったかと思います。
一部の先進的な会社ではバリバリと実践を進め、IPランドスケープをサポートするコンサルティングも出現し始めていましたが、各社とも立ち上げに悩んでいる状況でした。
しかし今や、IPランドスケープは相当程度に知られるようになりました。ウェブでも多くの情報がヒットし、少なくとも経営者レベルで初耳という人は次第に少なくなり、会社としてコミットするところも増えてきました。
特許庁からも「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」というものが発表され、IPランドスケープについて詳細に触れられております。
このように、IPランドスケープは今や、その名前にある「知的財産(IP)」という枠を超えて、世間に認知されるに至ったかと思われます。
IPランドスケープの定義
IPランドスケープを言葉の通りにとらえると、「知財から見える風景」といった感じですが、それでは意味がよく分かりませんね。
「IPランドスケープ」という言葉自体、かなり曖昧な言葉で、いわゆる「ビッグワード」や「バズワード」と呼ばれる類のものかと思われます。「人工知能」とか「自動運転」とかもそうですが、いろんな意味合いがあって、その定義が人によって様々です。
一方、上述した特許庁の調査では、IPランドスケープを以下のように定義しております。
ただし、これが唯一の定義ということはなく、各社それぞれの定義があるのではと思います。
筆者の勤務先では、もっと簡単に「経営・事業・研究への羅針盤(ナビゲーションシステム)」と定義しております。特許庁の定義の中で言えば、「分析」よりも「俯瞰・将来展望」を強調しようという意図があります。
IPランドスケープ推進のための仕組み
筆者は、IPランドスケープを導入するには、しかるべき”仕組み”が必要と思っています。構成要素としては、以下が挙げられます。
このような仕組みを作るには、会社を挙げての理解が必要で、難題ではありますが、その技術的なハードル自体はそれほど高くないと思われます。(その”会社を挙げての理解”が厄介なところですが・・・)
加えて、どのような観点で俯瞰し、将来展望するか、その切り口をある程度定めておくことも重要かと思います。筆者の勤務先では、まず以下の2点をレポートすることを基本にしています。
IPランドスケープでは、いろいろな情報を収集・分析しますが、それらをどのようにアウトプットするか、先に決めておくことが、一連の作業の効率を上げることにも繋がるかと考えます。
IPランドスケープに対する誤解
しかし、仕組みを作り、アウトプットを決めただけでは足りず、その結果を「本当に役立つもの」として活用できなければ、意味がありません。
よくあるのは、「特許マップのビジュアルに捉われる」ということです。キレイに色分けされた様々な種類のマップを見せられると、何となくスゴイ!と思ってしまいます。
「実は、A社とB社にはこんな違いがあるんだ!」とか、「実は、技術の推移はこんな感じだったんだ!」といった分析”のようなもの”を聞かされると、そのビジュアルもあって、「おおっ」「これはスゴイっ」「なるほどっ」とか思ってしまうものです。(筆者もご多分に漏れずそうでした・・・)
そのため、ついつい「特許マップを作ること」が大切で、あたかもそれがそれが目的であるかのように思ってしまうのですが、それが”誤解”の元で、そのような理解でIPランドスケープを導入しようとしても、まず上手くは行かない、というのが筆者の実感です。
なぜかと言えば、普通の経営陣や事業責任者ならば、ほぼ必ず「・・・で?」と思うだろうから、です。「他社との違いとか推移とかは分かったけど・・・それで?」「それが分かったらと言って、どんな良いことがあるの?」「それって、何の役に立つの?」という疑問が湧くのが普通だからです。
それに対して、特許マップだけを”ゴール”にしていると、そうした疑問に答えることは至難のワザです。特に、対象とした業界や技術の事情を詳しく知らず、ただ特許データの母集団を作成し、マップ化して提供するだけでは、そのアウトプットに対する信頼を得ることは困難だと言えます。
観察から判断へ
筆者自身も目下、試行錯誤の中にいるため、偉そうなことは言えませんが、少なくともひとつ言えることは、単なる「観察」(Observe)から「判断」(Orient)へと踏み込むべし、ということかと思います。
特許マップを作って分析するというのは、「観察」に当たると思います。しかし、実際の経営・事業・研究の現場で求められるのは「判断」です。
競合との競争環境の中でどうすれば勝てるのか。自社の強みをどのように展開すれば成長に向かえるのか。この先どうなると予測してどう準備すれば良いのか・・・
上記で「羅針盤」と書いた、正にその役割を求められているのがIPランドスケープではないか。筆者はそのように考えます。
業界の事情、技術の実情、自社の立ち位置などを、事実(ファクト)に基づいて観察する。それだけでも相当のスキルと労力を要求されますが、その上で、特許庁の定義にもある「俯瞰」や「展望」を提示する。単なる特許検索や、機械的な特許マップ作成のスキルだけでは、とても追いつきません。
その上で、さらに、どうアクションすべきかの「判断」を如何に示すことができるか。それが、IPランドスケープに課せられた課題であり、その導入が成功するか否かの分かれ目ではないか、と筆者は思っています。
”ハンズオン”たること
残念ながら、以上のことをやりおおせたとしても、なお、現場の信頼を得るのは難しい、というのが筆者の実感です。
筆者の偏見かも知れませんが、知財業界の人々は、生々しい経営・事業・研究の現場と、知らず知らずの内に距離ができてしまうという”宿命”にあるのでは、と感じています。知財活動の多くが、冷静かつ客観的であることを求められるから、という事情によるものと思います。
しかし、現場から距離のある人間の判断・提言を、現場は聞いてくれるでしょうか?
ここが、IPランドスケープを推進する者の、最も悩むところかと思います。冷静かつ客観的に状況を分析した結果、現場が聞きたくもない嫌なことも言わねばなりません。しかし、それを現場から距離あるところ、ある意味では安全地帯から言い放っても、信頼を得ることはできないでしょう。
とても難しい立ち位置を迫られますが、必要なのは、”現場の一員”として”自ら動く”。すなわち”ハンズオン”たること。少なくともその姿勢を示すこと。これしか無いかと思います。
自らが、社長であり、事業部長であり、研究リーダーのつもりで言動する。「経営のことはよく分かりませんし・・・」「事業部のご判断次第で・・・」「研究のことはみなさんがよくご存じなので・・・」とか口走るのはご法度。かならず「我が社においては・・・」「我々の事業では・・・」「我々の研究方針は・・・」と、自分が主体であるとの意識で臨む。筆者はそのように心掛けています。
もっとも、これをあまりやり過ぎると、「知財がなんでそこまでやるの?」「出しゃばり過ぎじゃない?」「アンタのテーマじゃないし」とか、逆に思われたりするので、なかなか厄介なのですが・・・。(それも、筆者の不徳の致すところ・・・)
しかしながら、それでもメゲずにやり続けていると、分かってくれる人は分かってくれて、わりと信頼関係が高まってくることも多い、というのも筆者の実感。陳腐な言葉ですが、やはり”継続は力なり”かな、と思う次第です。