「モノ」から「コト」への課題~競合?協業?顧客?
先の記事で触れた新たな敵との戦いに関連して、新たに参入したい市場に先行する他社が存在するとき、それは、競合・協業先・顧客のどれなのか?という問題があります。
自動車メーカーの顧客に対するポジショニング
たとえば、自動車メーカーの例を挙げます。
従来であれば、自動車メーカーの顧客に対するポジションは、自動車の「製造販売」(モノの提供)のみであったと考えられます。
それに付随して、定期点検やパーツ交換などの「サービス提供」も行ってはいますが、あくまで付随するものに過ぎません。
一方で、その自動車をレンタルする事業者も従来から存在し、それが近年ではカーシェアリングに発展してきました。
彼らは自動車を貸し出すという「サービス提供」(コトの提供)が本業であり、自動車のコンピュータ化やネット技術の発展もあって、駐車場経営企業を含め、様々な事業者が参入するようになりました。
それを図示すると下図のようになります。「製造販売」(モノの提供)は顧客の「所有したい」に対して、「サービス提供」(コトの提供)は顧客の「移動したい」に対して、それぞれ応えるものになります。
自動車メーカーとしては、その「サービス提供」する事業者も、末端ユーザーと同じく、あくまで顧客のいち形態であったと考えられます。
ウーバーの登場と業界の変化
2009年頃、米国でウーバーによるカーシェアリングが出現しました。日本では認められていない、個人の自動車に有料で便乗させる商売(いわゆる「白タク」)を、スマホを使った位置情報システムと利用者からの評価システムを連動させるという、とても戦略的なサービスでした。
これに対して、まずはタクシー業界に大きな衝撃が走りました。タクシーよりも安価で手軽に自動車を利用できるサービスは、業界を破壊するほどのパワーがありました。米国では今でもタクシーは存在しますが、ウーバーを使うのが当たり前になっています。
日本でも、2002年頃からレンタカー会社がカーシェアリングに着手し始め、タクシー業界も強く反発しながら、次第にタクシー会社自身がカーシェアリングを行う姿勢を見せ始めました。最近では、いよいよ米国と同様の本格導入に向けて、社会実験も始まろうとしています。
一方、自動車メーカーも大きな衝撃が走りました。「このままでは、顧客との接点は全て、ウーバーに奪われてしまう。自動車メーカーはウーバーの単なる下請けになってしまう。」といった危機感です。
これは、トヨタの豊田章男社長(当時)が語ったことであり、トヨタ自身も、「トヨタシェア」と称するカーシェアリングのサービスを開始しています。
競合?顧客?協業先?
この環境変化の中、自動車メーカーは、自身の立ち位置(ポジショニング)について選択を迫られています。
具体的には、ウーバーを競合とみなして対峙するか、協業先として提携を模索するか、それとも顧客や協業先とするか、といった選択です。
もし、トヨタのように自身がカーシェアリングに参入した場合、基本的にはウーバーのような既存企業を競合と位置付けることになります。これは、顧客や協業先と位置付けるのに比べて、極めて大きな決断と言えます。
なぜならば、この選択には相当な困難が待ち受けるからです。製造販売とサービス提供では、必要とされるノウハウや割くべきリソースが全く異なるため、そのハードルを乗り越えるのは簡単ではありません。
たとえば、従来なら自動車の製造に付随した定期点検やパーツ交換の技術で十分だったかも知れませんが、本格的なカーシェアリングにはネット予約や乗り捨てを含む顧客サービスの基盤やノウハウが欠かせません。少なくとも大きな資力が必要となります。
どのポジションを選択するのが正解というのは無いと思います。どちらが高い利益を上げられるか、安定的な収益が確保できるか、顧客情報をしっかり掴めるかなど、各社で経営判断の基準は様々だと思います。
そして、いずれを選ぶかで、獲得すべき知財の種類も大きく変わってきます。攻めの知財と守りの知財、オープンの知財とクローズの知財、そのバランスのとり方は、選択した業態やポジショニングに適切にマッチングさせる必要があります。
IPランドスケープについて言えば、そういった選択をするにあたって、方向性を指し示す”羅針盤”たり得るかが問われていると考えます。