”不老不死”の発明【おもしろ特許】
「不老不死」は、有史以来、人類の夢ですね。
かつて、「水銀」が”不老不死の薬”とされたことがありました。辰砂(硫化水銀)を加熱すると流れ出る、銀のような光沢を帯びた不思議な液体に、人々は魔力のようなものを感じたようです。
秦の始皇帝が、不老不死を求めて水銀を愛用していたことは有名で、それによる中毒死が死因、との説もあるようです。
※参考:人類は水銀をどのように利用してきたのか-科学史における水銀の役割-(「化学と教育」2005年53巻3号148-150頁)
「不老不死」の特許出願
「不老不死」をクレーム(請求の範囲)に記載している特許を検索すると、31件ヒットしました(2025年6月現在、J-PlatPatによる検索結果)。以下、そのリストの一部を抜粋します。
これら31件は、3名くらいの限られた発明者によって出願されています。その内29件が審査されており、全て拒絶になっています。
「不老不死」のように、現在の科学では実現不可能な技術は、まず特許にならないのですが、これらの発明者は、それを知ってか知らずか、全て審査に掛けています。お金も相当掛かると思うのですが、かなりのチャレンジャーと言えますね。
「不老不死の発明」の例
そんな「不老不死」の発明ですが、具体的に、どんな内容でしょう?
興味のある方は検索してみて欲しいのですが、以下、ひとつ例を挙げます。遺伝子操作やiPS細胞の移植などを用いて、人体の組織を改変することで不老不死を実現する、という趣旨のようです。
遺伝子操作やiPS細胞などは実在する技術なので、意外と「とんでも発明」という感じは薄く、一見それなりの発明にも見えます。しかし、「身体に適した状態で適用」「化学結合の保有エネルギー調整」など、具体的に何を指すのか曖昧な表現が散見されます。
このように、いわゆる「疑似科学」に関する特許出願には、科学的に厳密さを欠く表現が多い傾向があります。特許庁も、「疑似科学で非現実だから」というよりも、「表現が曖昧だから」という理由で拒絶する場合も多いようです。
特許庁による判断は?
このような疑似科学の特許出願にも、特許庁が「馬鹿馬鹿しい」と一蹴することはありません。時には面接や電話対応もしながら、とても丁寧に審査を進めているように見えます。
しかし、疑似科学なので、最終的には何らかの拒絶理由が出されます。典型的には、下図のような4つの理由、すなわち、「産業上の利用可能性」「明確性」「実施可能要件」「サポート要件」のいずれかに違反、というパターンになります。
「産業上の利用可能性」
「疑似科学」「非現実的」というのは、特許の審査上は、「産業上の利用可能性がない」「非利用」という言葉に置き換えられます。
特許法的には、第29条柱書に記載の「産業上利用することができる発明」という条件を満たしていない、という判断になります。
第1項 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
(以下略)
そして、その「発明」とは、第2条に定義されていて、「自然法則を利用」している必要があります。
この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
この「不老不死」のケースでは、例えば以下のような拒絶理由が出されています。要するに、「医学の常識や自然法則に反する」、すなわち、「自然法則を利用していない」ので「発明ではない」という理屈です。
ちょっとマニアックな話をすると、この「発明ではない」(つまり第2条を満たさない)というのは、直接的には拒絶理由にならず、「だから産業上利用できる発明ではない」という理屈で、第29条違反として処理されます。
一方、「不老不死は医療行為だからダメ」という判断例もあります。医師や看護師の医療行為に特許権を及ぼすと、人命救助に多大なる悪影響があるため、「医療行為は発明ではない」または「医療は産業ではない」という審査の運用がなされています。
ただし、この定義は、どちらかと言えば政策的な配慮によるもので、科学技術的な判断基準とは言えないので、筆者としては、「発明じゃない」という判断の方がしっくり来るかな、といった感じです。
「明確性」
発明が曖昧にしか書かれていない場合も、「明確性がない」として、拒絶理由になります。
特許法では、明確性に関して以下の2つの条文がありますが、疑似科学の「非現実」に該当するのは36条4項の方、すなわち、「平均的な技術者が明細書と技術常識だけでは再現できない」といった判断になります。
前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。
二 その発明に関連する文献公知発明(第二十九条第一項第三号に掲げる発明をいう。以下この号において同じ。)のうち、特許を受けようとする者が特許出願の時に知つているものがあるときは、その文献公知発明が記載された刊行物の名称その他のその文献公知発明に関する情報の所在を記載したものであること。
第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
二 特許を受けようとする発明が明確であること。
三 請求項ごとの記載が簡潔であること。
四 その他経済産業省令で定めるところにより記載されていること。
この「不老不死」のケースでは、例えば以下のような拒絶理由が見られます。要するに「不老不死には一般的に根拠がない」「明細書を見てもちゃんと書いてない」ということです。
ちなみに、「この世に、生きとし生けるものは、例外なく死を迎えるもの」などという、哲学的な記載があって、審査官も味がある文章を書くんだなあと、ちょっと感動して取り上げた次第です。
「実施可能要件」「サポート要件」
「実施可能要件」は特許法36条第4項、「サポート要件」は同36条第6項が該当し、条文は上述した通りです。
実施可能要件は、上述した通り、要するに、普通の技術者が再現できるように書いてある必要がある、ということです。疑似科学の場合、ここは本質的に書きようがないので、必ず「実施可能要件違反」になります。
サポート要件とは、クレーム(請求の範囲)に記載した発明が、明細書本文にちゃんと解説されている必要がある、ということです。これは疑似科学であろうと解説は可能なので、サポート要件違反にならないケースもあります。
ただ、疑似科学の特許出願の傾向として、あまり丁寧に記載されていなかったり、科学技術というより政治的な宣言や予言が書かれていたり、といったケースが多いので、実施可能要件とサポート要件の両方で拒絶が打たれるケースも意外と多いように見受けられます。
「公序良俗」に反する発明
あまり見かけない拒絶理由ですが、「公序良俗違反」というのが、この不老不死のケースでは見られました。
公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明については、第二十九条の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
対象となった特許出願には、以下のようにクレームされていました。
これに対して、以下のような拒絶理由が出されました。つまり、iPS技術で製造した人体、しかも臓器などの部分じゃなく全身を利用するのは、倫理に違反するんじゃない?ということです。
これは、クローン人間の是非などで、必ずと言っていいほど議論になるポイントで、将来的には実現可能性のある技術ですが、特許の審査上は既にNGとなっているようです。
以上、今回は「不老不死」の特許出願についてご紹介しました。
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