職務発明 創業者が発明を奪われる!?~「職務発明」の落とし穴
知財争訟

創業者が発明を奪われる!?~「職務発明」の落とし穴

えがちゃん

自分がした発明を、自分が起こした会社に奪われる!?

今回、そのような事例について、令和6年1月22日の東京地裁判決を要約・抜粋して解説したいと思います。

なお、事実や用語などの正確さよりも、分かり易さを優先したく、多少の想像や改変が入っている点、ご了承ください。

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裁判に至る経緯は?

原告は医療デバイス関連メーカー(原告会社X)、被告はその創業者です。創業後しばらくして、被告は持株を全て売却、経営に集中します。

しかし、被告と株主(株主A、株主B)で経営方針が噛み合わなかったのでしょう。被告は別会社(被告会社Y)を独自に設立、被告名義で特許を複数出願、一部が登録に至ります。

ところが、原告会社Xは、その発明は自社のものであるとして、被告を訴えました。
以上の経過をごく簡単に図示したものが下図です。

※実際の本件では、登場人物や特許は他にもあるのですが、ここでは一部に絞り込みます。

裁判の結果は?~「職務発明」という判断

裁判の結果は、原告会社Xの勝訴被告の敗訴でした。

裁判所は、「発明者は被告だが、特許を受ける権利原告会社Aのもの」と判断しました。

この判断は、特許法の「職務発明」(特許法35条)という制度が裏付けとなっています。自分がした発明であっても、特許は会社のものになる場合がある、という制度です。

1)職務発明とは?

会社の従業員や役員が、会社の業務、自分の職務として行った発明を「職務発明」と呼びます。

一方、会社の業務範囲だが自分の職務ではない発明を「業務発明」、会社の業務でも自分の職務でも無い発明を「自由発明」と呼びます。これを簡単に図解すると下図の通りです。

そうした職務発明は、会社は発明者に断りなく、自由に事業等に使えます。また、会社が規則で定めれば会社の所有物にすることもできます。

これは何故かと言うと、会社は資金や設備を提供するなど、相当の貢献をしているからです。特許法は、それに対する見返りとして、会社に上記の権利を認めています。

一方、発明をした従業員等には、報奨金など相応の利益を与えるよう、会社に義務付けています。法律は、そのようにして、会社と従業員等の利益のバランスを図っています。

2)裁判所の判断は?

本件で被告は、下図のようなカテーテルに関する発明をしています。これは原告会社Xの業務範囲(医療デバイス関連)に属する発明でした。

また、被告が発明をした当時、被告は原告会社Xに所属する役員(代表取締役)でした。自らを発明者として特許出願しており、その発明が役員としての職務に属するものでした。加えて、原告会社Xは「発明は会社のものとする」旨を社内規程で定めていたようです。

以上より、①会社の役員が、②会社の業務範囲にある発明を、③役員の職務として行ったという、職務発明の要件を全て満たしており、かつ、④職務発明は会社に帰属する旨の社内規程があるため、本件発明が原告会社Xの所有物であることは、裁判によって明らかとなりました。

それを踏まえると、被告は自らの名義で特許出願をしていますが、これは特許法や社内規程に違反した行為となり、被告の訴えが認められることはありませんでした。

以上より、自らが起こした会社に訴えられた上、自らがした発明の権利を奪われるという、創業者たる被告にしてみれば、納得し難いだろう結果となってしまいました。

創業者が敗訴する原因は?

法律上は、上述した結論となりましたが、そもそも、このような事態に陥ったのは何故でしょう?以下、原因を幾つかに分けて、その背景を探ってみたいと思います。

1)事業の不調

何よりも、創業して以降、思うように事業が立ち上がらなかったことが、いちばんの原因と思われます。事業が順調であれば、このようなことになっていない訳ですから。

この裁判例だけからは分からない点が多いですが、途中で全ての株式を譲渡したり、事業範囲を絞り込んでいることからも、事業の立ち上がりが順調ではなかったことが伺えます。

2)株主の変化

創業者が全株式を譲渡したことで、経営者と株主が分かれたことも、大きな原因のひとつと思われます。

株式の譲渡は2回行われていますが、どうやら、最初に譲渡した先の株主が、事業を絞り込む意向を示したようです。株式会社としては株主の意向が最優先されるので、創業者が不満だろうと、従わざるを得なかったでしょう。

なお、事業を絞り込む取締役会の判断の直後に、次の株式譲渡があったようなので、先の株主の意向は、この株式譲渡のためだったとも推察されます。

3)研究方針の不一致

事業を絞り込んだ結果、創業者たる被告の希望だったと思われる「頭蓋内動脈狭窄症治療用ステント」の事業化はとん挫します。

ただ、もし有望がアイデアが出たならば、当面の事業方針とは別に、将来のために特許だけは出しておこう、というのは普通にあることです。

本件でも、原告会社Xにおいて「頭蓋内動脈狭窄症治療用ステント」を特許化する余地はあったはずです。

しかし、裁判の経緯を見れば、被告は、原告会社Xではなく被告個人の名義で特許出願しています。このあたりの背景は不明ですが、原告会社と被告の間で、研究や特許に関する方針の不一致があったと推察されます。

4)紛争の表面化

仮に、そうした方針の不一致があったとしても、少なくとも裁判に至る前に、話し合いで解決する余地はあったはずです。会社と従業員、上司と部下の方針が合わないのは良くあることで、議論された後、会社の指揮命令系統の中で処理されるのが普通です。

しかし本件は、裁判での争いとして表面化するに至っています。話し合いが決裂したか、もしくは、相互に不信感が募ってしまった結果、話し合いすらできないという、理性的な解決が困難な状況に至っていたことが想像されます。

5)弁護士との連携不備

本件では、被告が途中で弁護士(訴訟代理人)を変更しているのも、気になる点です。

弁護士の変更には色々な理由が考えられますが、弁護士と依頼人(ここでは被告)の意向が合わず、解任されるケースが多いようです。

本件でも、被告は結構無理な主張をしている部分があるので、弁護士も訴訟の進行を苦しんだことが推察されます。

創業者の理想と現実

1)現実は厳しい!

創業者である被告は当初、この技術の可能性を信じて、原告会社を設立したはずです。自分が企画・開発した技術への想い入れは強く、自らが先頭に立って事業化を成し遂げようと執着するのは、当然のことです。

しかし、現実は厳しいものです。技術を事業に導くに必要なリソース(ヒト・モノ・カネ)の調達、技術を売れる商品に仕上げるノウハウ、顧客の手に取って貰うためのマーケティング、原料から製品に仕上げるサプライチェーンの構築、それらを運営する社内体制の維持・管理・・・。技術と想いだけでは何ともならない課題を、次々と突き付けられます。

特に、資金の問題は深刻です。特に「モノづくり」には多額の資金が必要なため、多くの場合、スポンサーを求めることになります。本件でも、全株式を譲渡した背景には、そうした資金の事情が大きかったと推察されます。

2)スポンサーと創業者のすれ違い

他人の資金が入ると、創業者の判断だけでは物事が進まず、スポンサーの意向を図る必要が出てきます。スポンサーにも色々ありますが、普通は売上が立って事業が大きくなることを期待して資金提供しているはずです。技術の良し悪しでなく、売上の大小を問う、そのための研究開発や事業方針を求めるのは、スポンサーとしては当然と言えます。

一方、創業者にしてみれば、その技術の素晴らしさを理解しない他人が、勝手なことを言っているように感じるでしょう。良くも悪くも、諦めの良さや妥協する柔軟さが求められますが、純粋な技術者だったり、技術への想い入れが強いほど、そうした妥協を良しとせず、ときには被害者意識まで持ってしまう傾向があるようです。

本件でも、創業者たる被告は、原告会社やスポンサーの意向に反して、自らの名義で特許出願するという行為に及んでおり、結局、自らが設立した会社を出ていく結果に至っています。

3)会社と発明者のトラブル事例

こうした事例は、割と聞く話でもあります。有名な話としては、アップル・コンピューターの創業者であるスティーブ・ジョブスも、その独断的な立ち居振る舞いが災いして、一度は自ら設立した会社に追い出されています。

また、起業家でなくとも、発明をした従業員や、共同研究先の研究者が、会社と揉める話は結構あります。青色LEDの中村教授と日亜化学工業、がん治療薬の本庶教授と小野薬品工業が、いずれも特許の所有権ではなく対価の争いでしたが、裁判になって和解での決着となっています。

このように、背景や理由は様々ですが、理想と現実にはギャップが生じるものですが、本件のように自分の発明や事業を失うような事態は、最悪の結果とも言えます。創業者としては、理想と現実のギャップを覚悟した上、最悪の場合も想定した対策をしておく必要があるようです。

創業者の取るべき対策とは?

本件のような事態に陥らぬよう、創業者としては、どのような対策を打っておけるでしょうか?以下、幾つかピックアップしてみます。

1)失敗想定と事前合意

起業は失敗するケースの方が多いので、失敗したときの対応を事前に合意しておくのは、トラブルを起こさない、最も合理的かつ現実的な対策と言えます。

仮に起業が成功した場合であっても、”お蔵入り”となる技術は山のように発生するので、その取扱いを事前合意しておくことは、必要最低限の対策とも言えます。例えば以下の通りです。

  • 生み出された技術を都度、「発明」として文書化し、それらの帰属をルール化するか、ひとつずつ都度合意して記録しておく。
  • 蓄積した「発明」について、会社として要・不要を判断するポイントを設けておき、特に不要と判断した発明については、その取扱いを決めておく。(特許出願されていれば放棄又は取り下げ、特許出願されていない発明もそれに準じた扱いを記録しておく。)
  • 会社の本業としてはやらないと判断しても、放棄などせず、ライセンス用に確保しておく場合もあり得る。その場合、ライセンスの方策やルールを、できるだけ明確に取り決めておく。
  • 会社として不要と判断した発明(ライセンス用を含む)について、従業員や役員が退任後または副業において、利用する場合のルールや契約雛型などを取り決めておく。

以上のことは、せっかく生み出された発明を埋もれさせず、活用できる人々や企業に委ねる道を開くという意味でも、社会的意義がある方策かと思われます。

2)自由な資金の確保

そもそもの話として、自前の資金が十分にあれば、誰にも気兼せず、自由に研究や事業を進められます。

そんなことは当たり前、と言われそうですが、本件も含め、事業の成功を楽観する余り、自由な資金の確保を軽視し過ぎではないか、と思わせる起業の失敗例は、意外と多いと感じます。

とりわけ、本件のような医療系のモノづくりは、多額の資金を要するので、それを如何に継続して調達できるか、より綿密に準備しておくべきと言えます。

もし、手持ちの資金が少なければ、逆に、資金に見合うような規模感の事業を選ぶ、という視点も必要です。最初は意に染まなくても、手早く収益を稼げる事業から始めて、資金が貯まってから本命の事業に着手する、といった選択をしている起業家も居ます。

あるベンチャー企業の社長さん曰く、成功している起業家ほど、堅実で無茶をしないもの、とのことです。

3)他者の起業支援

一方、自分で起業などせず、他社の起業を支援する立場に回りながら、自分の企画を実現する、といった選択もあります。

自分の企画を持ち込んで採用して貰うのは難しいでしょうが、それに近い企画を持った会社や起業家を探し出し、資材提供などを申し出て協業関係を構築し、自分の企画を潜り込ませながら起業支援する、といった「コバンザメ」戦法です。

筆者の知る範囲では、地域振興で活躍する個人が多く、例えば、地元の中小企業に事業再生の企画を提案し、ヒト・モノ・カネの調達や開発の実務はその企業に任せながら、原材料の提供や顧客とのマッチングなどをコーディネートする、などといった仕事のスタイルがあります。

これは、自分に同意してくれるパートナー企業を見つけたり、逆にそのような企業からのオファーが無いと成立しませんが、自らの人脈やアクティビティでもって成立させている人が居るのは事実で、自分の想いを起業せずに実現する、ひとつのスタイルとも言えます。

こうした人々が、ちゃんと食い扶持を稼げているのか、不思議に思うこともありますが、少なくとも、自分が事業を創り出している達成感は高いようで、ほぼ例外なく、人生を楽しんでいるように見えます。

ただ、人脈や才覚に依存する部分が多いため、あまり一般的な方法論とは言えないかも知れませんね。

4)ライセンス事業

最初から、ライセンス事業を想定して起業するのも、ひとつの手です。費用とリスクが少なくて済み、これを志向する起業家も割と多いです。

これは、腕に覚えのある技術者が、その情熱を社会に役立て、かつ、ライセンスを通じて継続的に関与できるという、理想的な方策とも言えます。

しかしながら、これもなかなかにハードルが高い方策です。特許を登録するまでは行くのですが、それを世に知らしめ、その価値を認める企業が現れ、その企業が事業化に成功する、といったステップを全うするのは、残念ながら成功率が高いとは言えません。

開放特許データベースWIPO GREENという、使われていない特許技術の活用を促進するようなサイトもありますが、実際のマッチングは当事者同士に任されており、使い勝手には課題があります。

結局、発明をした技術者が、何らかの形で資金を出して自ら動かざるを得ないのが実情で、上記した2)や3)のような活動が、ここでも少なからず求められます。

5)会社組織に縛られない起業

現在、自律分散型組織(通称「DAO」)という、会社に縛られずに働く未来の形が模索されています。(以下「あわせて読みたい」を参照)

あわせて読みたい
「DAO」とは?~会社に縛られずに働く未来のカタチ
「DAO」とは?~会社に縛られずに働く未来のカタチ

起業するとなると、自分で資金を集めて、自前で開発やマーケティングして、サプライチェーンを構築して・・・といったことを、創業者が全て自力で進める必要がありますが、このDAOは、組織に縛られない個人が、事業化という目的だけを共有して、各々のスキルを出し合いながら、緩やかに集まって協業するという仕組みです。

まだまだ社会的に定着していない方法論ではありますが、これから起業を目指す方々にとっては、新たな起業の方策として、頭の中に入れておく意義がある取り組みかと思われます。

まとめ

今回、創業者が、自分が起こした会社に発明を奪われるというケースを、裁判の事例をベースに解説しました。

本件の裁判では、「発明の帰属」が焦点となりましたが、実際には、経営者と株主の方針不一致、会社と技術者の相克、創業の理想と現実の葛藤など、様々な価値観のぶつかり合いが凝縮された事例でもありました。

こと裁判となると、結論が出るまでに長期間と多額の費用を要します。そして多くの場合、その労力に見合った結論にはならず、争った両者とも、徒労感の方が多いものです。

こうした紛争は、社会的なリソースや機会の損失をも生んでいるかと思います。難しい問題ではありますが、そうしたトラブルの火種が極力ないような、上手い起業の方策があればなあ、と願う次第です。

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「ゆめ知財」の主宰者
「さきよみBENRISHI」のえがちゃんです!弁理士&便利師として、知財系プログラマー、知財系ライター、知財系プランナー、知財系コンサルタントなど、様々な顔を持ちながら、日々活動しております。30年余りのメーカー勤務を経てフリーランスに。知財だけでなく、地方創生・森林活用・産学連携・中小支援から、職場での悩みごとに至るまで、気軽に語り合いましょう!
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