「切り餅」事件についての続きです。前回まで、特許紛争の当事者同士の話をしましたが、今回は「傍観する顧客」の論理について、です。
「傍観する顧客」の論理
特許紛争となると、どうしても顧客が置き去りになってしまうということが、いつも気になっています。
顧客としては、基本的には「傍観」するしかありません。争いの当事者じゃありませんから。
もっとも、「切り餅」事件のように、顧客が一般消費者(いわゆる「BtoC」タイプの事業)の場合、いわば他人事(ひとごと)なので、楽しみながら傍観もできるでしょう。実際、筆者も「切り餅」事件を興味本位で見ていました。
しかし、顧客が事業者(いわゆる「BtoB」タイプの事業)では、程度の差こそあれ、巻き込まれることもあるので、あまり呑気に構えてはいられなくなります。
例えば、特許訴訟の当事者から訴訟に関わる製品を定期購入していた場合、下手すると出荷元が裁判に負けて出荷停止、などという”実害”を被る可能性もあるからです。
切り餅ならば、越後製菓やサトウ食品以外からでも買えますし、最悪、切り餅が世の中から無くなっても死にはしませんが、会社の事業となるとそうもいかないですね。
筆者は仕事柄、事業者の立場で、特許紛争の当事者(販売側)と傍観者(購入側)、どちらも経験したことがあります。購入側としては、販売側のどちらともお付き合いがあったりして、なかなか複雑な気持ちになります。
購買側としては内心、「やめてくれないかな~」なんて思ったりしますが、特許権をどう使うかは特許のオーナーの権利なので、表立って口出しはできません。「まあ、うまくやってください」というのが関の山かと思われます。
逆に販売側としては、購買側たる顧客への「供給責任」というものがあり、それを保証することは何を置いても重要になります。もし自社が原告となる場合は必ず、顧客に対して事前説明に伺います。
しかし、顧客にはだいたいデメリットしか無く、非がないのも普通なので(顧客に非がある場合も稀にありますが・・・)、事前説明に行く担当者(だいたい営業マン)は、ただただ平謝りになります。
オーナー企業だとちょっと違うかも知れませんが、いかに顧客といえど、普通のサラリーマン同士だと、お互いに申し訳ない気分になってしまいます。あまり良いことがないなあ、というのが個人的な感想です。
顧客ができる対処方法
BtoBの場合に絞りますが、顧客の立場で特許紛争に対処する方法として、例えば以下があります。
購入先の特許状況がどうなってるか、よく調査しておく。特に新規取引の場合、リスク意識の高い顧客は、購入先に対してその”競合他社”が持つ特許リストを提示して、「大丈夫ですか?」と質問することが割とある。
購入先に対して、何か特許問題が生じた場合、損害賠償責任を求める契約を交わす。購入先は嫌がってハードな交渉になることが多い。外資系の大手メーカーにとっては常套手段。ただし、不公平な条件を力技で押し付ける・押し付けられる場合もあり、独占禁止法等に触れないよう、要注意。
購入先が裁判に負ける可能性が高い場合、購入先に対して在庫の積み増しを要求しておいて、何らかの対策を打つための猶予期間を確保する。裁判が無事に済んだ場合、在庫を引き取る責任が生じる場合が多い。
「分散購買」とも言い、二社またはそれ以上の取引先を確保する。平時は”価格を叩く”ための手段としても多用されるが、特許紛争に限らず、自然災害などサプライチェーンが分断されるリスクを回避するための方策でもある。逆が「一社購買」または「集中購買」。メリット・デメリットがあり、個別事情に応じて適切な方を選択する。
顧客への提供価値
顧客としては、以上のような対処方法があるにはありますが、それよりも思うのは、「特許訴訟に打って出るんじゃなくて、もっと他に手が無かったの?」ということです。
この「切り餅」を巡る争いについては、興味本位で見てもいましたが、お餅が好きな筆者としては、「争うのでなく、もしお互いに協力したら、もっといろんな美味しいお餅が作れるだろうに・・・」とも思っていました。
要するに、「顧客への提供価値」をどう考えるのか?という問題だと思います。この件に限って言えば、正直、どっちの「切り餅」も大差ないな、というのが、一般消費者としての偽らざる感想です。
どこにどう切り込みが入ってるかは、お餅を食べる側からすると、そんなに気にはしないんじゃないかと。確かに、うまく切り込みがあればキレイに焼けるという効果はあるのでしょうが、「顧客への提供価値」の中ではどれほど重要なのだろう、と感じております。(すみません、あくまで、お餅好きな一消費者の個人的な感想に過ぎません・・・)
自社の特許や事業を守ることは、とても重要なことです。新たな技術や商品の「ツクル」を成し遂げた人には敬意を表すべきですし、その権利は守られなければならないと思います。ムヤミにモノマネをしてくる者に対しては、それなりの牽制をせねばならないとも思います。
しかしながら、それもこれも、自社の商品を買ってくれる顧客が居てこその話。筆者も素材メーカーに勤務して身として、他人事でなく、あくまで自戒を込めて、そう思う次第です。